忘れられない慰問演奏


7年前、小児科の末期がん患者の病棟に演奏をしに行った時のことです。

学校のある卒業生の方から

「病院にいる子供たちに、あなたたちの天使の歌声を聴かせてあげてもらえないか」

とお話があり、私も「ぜひ」と言って受けさせていただいたんです。

病院には全員ブレザーを着ていったのですが、黒っぽい服では威圧感があるからと、その場で上着を脱がされて、全身に消毒液をかけられました。

寒い時期だったんですが、扉を開けると、物凄く暑くて、狭い部屋だったんです。

目の前には、本当にこの子がもうがんなんだろうか、と思うような赤ちゃんから、放射線で髪の毛がぼさぼさになってしまっている子、頬全体が陥没して顔が半分ない子だとか、もうそれは、見ただけでも体に震えがくるようなひどい状態の子たちがたくさん……。

その子たちの前で、私たちは部屋の隅っこのほうにへばり付くように立ちました。

敷かれたホットカーペットの上には、お母さん方も座っていたり、廊下にはドクターや看護師さんの姿も見えました。

私は壁の一番端に行って、指揮棒を振ったんですが、もう涙が止まらなくて、本当に……。

私の目の前で、お母さんが乳飲み子をギューッと抱えながら、涙をポロポロ零すんですよね。

あぁ、自分の子はこんなに大きくまで育つことができないんだ、とか、いろいろ思われたんじゃないかと思うんですが、看護師さんもドクターも皆泣いていらして、泣いていなかったのは、当のがんの子供たちだけで。

私も我慢しなくちゃ、と思うんですが、もう悲しくて悲しくて、生徒たちも涙をポロポロ零しながら、でも必死に笑顔をつくって、一所懸命歌って。

そしたら歌が終わった後に、髪の毛のない子や顔の陥没した子たちが「お姉ちゃんたち、どうして泣いてるの」って言うんです。

看護師さんが 「あなたたちがあんまり一所懸命聴いてくれるから、お姉ちゃんたち感動しちゃったのよ。楽しかった?」 と尋ねました。

するとその中の一人が 「凄く楽しかったぁ。大きくなったらお姉ちゃんと一緒に歌いたい」

って、もう私、本当に胸が張り裂けそうで…。

その時に、心から、あぁ歌は素晴らしいと思いましたし、いま生きていて、自分のできることを一所懸命やることが、どんなに大切なことかを凄く強く感じました。

その帰りの電車の中で、ある生徒が 「先生、あんなに皆を悲しませちゃって、私たちが合唱をしに行ったことは本当によかったんだろうか?」 と言ったんです。

何しろあの場にいた大人たちがあまりにも涙を流していましたから。

その時に私は 「うん、よかったんだよ。たぶん、お母さんも、病院の先生も、看護師さんも、皆悲しくて、もう泣きたくて、泣きたくてね。でも、いま一所懸命生きている子たちの前で泣けないでしょ?それを、あなたたちの歌で感動したふりをしてね、思いっきり泣くことができたからよかったのよ。明日からまた笑顔で頑張っていけると思う」と言ったんです。

すると生徒が「そうか。じゃあ私たちの歌で少しは楽になったのかな?」

と言うから 「そうよ。そして歌を聴いていた子たちが『お姉ちゃんと一緒に歌いたい』と言った。生きよう、って。いや、生きるということは分からないかもしれないし、もしかしたら一か月後には命がない体かもしれないけれど、少しでも希望を持って生きようとしたということは、素晴らしいことだから」

と話して、お互いに感動しながら学校に戻ったことがあるんです。

私は、生きているということは、自分一人がここに存在して、ただ呼吸をしているのではなく、いろいろな人と出会って、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、苦しみを分かち合ったりして、相手の心や周りにいる人たちの心を、ちゃんと感じられることではないかと思うんです。

私が慰問演奏に行った時に、「いまを大切に生きなければ」と強く思ったのは、幼くして亡くなってしまう子たちもいるんだから頑張って生きよう、という思いではなくて、あの時、あの部屋の中で、それぞれの人の心がうごめいていたんですね。

無邪気に喜んでいる子供や、日頃泣けない家族の人たち……、そういう、たくさんの思いが満ち溢れている中に入ったから、あぁ、ちゃんと生きていかなくちゃ、神様から与えられたこの命を、大切にしなくちゃいけないと感じたのだと思うんです。

谷川俊太郎さんの詩に

「生きているということ
 
 いま生きているということ 
 
 泣けるということ 
 
 笑えるということ 
 
 怒れるということ」

という言葉がありますが、本当にそんな思いですね。

そうやって、いろいろな人の思いを感じられることで、人間は生きている価値が生まれてくるものだと思います。

『致知』2009年3月号

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