母の温もりを知りません


わたしは、母の温もりを知りません。

かすかに覚えていることは、母が出ていく前の夜のこと。
当時まだ、わたしは6歳でした。
保育園の卒園式の夜でした。

「一緒に寝る??」

わたしには姉妹もなく、
小さいころから一人の部屋で過ごし、一人で寝ていました。

だから、その日にいきなりそんなことを言う母に、びっくりしたのを覚えています。

うれしいような、恥ずかしいような・・・
わたしは母に甘える事も知らなかったからです。

翌朝。起きると、ベッドの上にはわたし一人でした。

まだその時は、母がいなくなったとは知らず、
夕方になっても帰ってこない母を
玄関先でずっと、待っていました。

父はそんな私に、
「これからは二人で頑張ろう・・」とだけしか言いませんでした。
それでも六歳のわたしは、
母はもう帰ってこないんだ・・・と、悟ったのです。

次の日

わたしは父の為に、全くわからない炊飯器、そして洗濯機と戦い
ました。
結局、炊飯器のスイッチはわかりましたが、水加減がわからず、
おかずは、スクランブルエッグとダシと具の無いお味噌汁。

洗濯機は使い方がわからず、
まだ春の初めの冷たい水で、父の作業着を洗いました。
干し方もわからないし、背も届かなかったので
全身水浸し・・・

それでもわたしは、父の帰りをワクワクしながら待っていたことを覚えています。

ほどなくして父が帰宅し、わたしはちゃぶ台に、先程のご飯を並べました。

硬いご飯・・味のない味噌汁・・スクランブルエッグはマヨ
ネーズをかけて、なんとか無事に食べれました。
40年近く過ぎた今でも、その味を覚えています。

父は新聞を読んでるふりをしていましたが、
鼻をすする音が聞こえていたのも覚えています。

それからの父は、わたしにとっての母でもありました。

ですが、父も私を抱きしめてくれるわけでもなく、
温もりなど知らないまま育ちました。

やがて、わたしも嫁ぎ、子供を授かりました。

自営業の家に嫁いだので、
小さい時から子供たちを保育園に預け、仕事をしていました。
とても忙しく、一緒に遊んであげる時間も、ゆっくり話す時間もなかったけど、

『一日に一回でもいい・・・』

わたしに触れらることで安心出来た、と息子と娘は言います。
それは、わたしも同じでした。

触れることで安心出来たのです。

そう言えば、小さいころ父は、
わたしを気遣い、何度も母を作ろうとしてくれました。
でも、ほんとうにわたしが求めていたことは

たった一度でいい・・・
父と手を繋いで、買い物に行きたかった!
たった一度でいい・・・
病気をしたときに、父に傍にいて欲しかった!

それだけでした。

わたしは母に対して、最期に
「お母さん」と、言えなかったことなど、沢山の後悔があります。でも、ほんとうの後悔は、

『わたしに触れてほしかった・・・』

と、言えなかったことかもしれません。

温もりなど知らないまま育ったわたしですが、親になって分かったことがあります。
それは、子供たちが教えてくれました。

触れられた温もり・・・それだけではないんだよ、ってこと。
触れる心地よさ、触れたときの温かさを。

今、わたしは母に
『生んでくれてありがとう』と、言いたいです。
そしていつか・・・

いつか、わたしがそちらにいったときは
抱きしめてくれますか、おかあさん

引用:https://www.facebook.com/mamagasuki

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