*

あずさからのメッセージ

公開日: : 最終更新日:2014/11/09 泣ける話

Pocket

十数年前、障がいのある子がいじめに遭い、
多数の子から殴ったり蹴られたりして亡くなるという
痛ましい事件が起きました。

それを知った時、私は障がい児を持った親として、
また一人の教員として伝えていかなくては
ならないことがあると強く感じました。

そして平成十四年に、担任する小学五年生の学級で
初めて行ったのが「あずさからのメッセージ」という授業です。

梓は私の第三子でダウン症児として生まれました。

梓が大きくなっていくまでの過程を
子供たちへの質問も交えながら話していったところ、
ぜひ自分たちにも見せてほしいと
保護者から授業参観の要望がありました。

以降、他の学級や学校などにもどんどん広まっていき、
現在までに福岡市内六十校以上で
出前授業や講演会をする機会をいただきました。

梓が生まれたのは平成八年のことです。
私たち夫婦はもともと障がい児施設で
ボランティアをしていたことから、
我が子がダウン症であるという現実も
割に早く受け止めることができました。

迷ったのは上の二人の子たちにどう知らせるかということです。
私は梓と息子、娘と四人でお風呂に入りながら

「梓はダウン症で、これから先もずっと自分の名前も
書けないかもしれない」

と伝えました。
息子は黙って梓の顔を見つめていましたが、
しばらくしてこんなことを言いました。

さあ、なんと言ったでしょう?

という私の質問に、子供たちは

「僕が代わりに書いてあげる」

「私が教えてあげるから大丈夫」

と口々に答えます。
この問いかけによって、一人ひとりの持つ優しさが
グッと引き出されるように感じます。

実際に息子が言ったのは次の言葉でした。

「こんなに可愛いっちゃもん。
 いてくれるだけでいいやん。
 なんもできんでいい」。

この言葉を紹介した瞬間、
子供たちの障がいに対する認識が
少し変化するように思います。

自分が何かをしてあげなくちゃ、と考えていたのが、
いやここにいてくれるだけでいいのだと
価値観が揺さぶられるのでしょう。

さて次は上の娘の話です。

彼女が

「将来はたくさんの子供が欲しい。
 もしかすると私も障がいのある子を産むかもしれないね」

と言ってきたことがありました。

私は

「もしそうだとしたらどうする?」

と尋ねました。

ここで再び子供たちに質問です。
さて娘はなんと答えたでしょう?

「どうしよう……私に育てられるかなぁ。お母さん助けてね」。

子供たちの不安はどれも深刻です。
しかし当の娘が言ったのは思いも掛けない言葉でした。

「そうだとしたら面白いね。
 だっていろいろな子がいたほうが楽しいから」。

子供たちは一瞬「えっ?」と息を呑むような表情を見せます。
そうか、障がい児って面白いんだ。

いままでマイナスにばかり捉えていたものを
プラスの存在として見られるようになるのです。

逆に私自身が子供たちから教わることもたくさんあります。

授業の中で、梓が成長していくことに伴う
「親としての喜びと不安」には
どんなものがあるかを挙げてもらうくだりがあります。

黒板を上下半分に分けて横線を引き、上半分に喜びを、
下半分に不安に思われることを書き出していきます。

中学生になれば勉強が分からなくなって困るのではないか。
やんちゃな子たちからいじめられるのではないか……。

将来に対する不安が次々と挙げられる中、
こんなことを口にした子がいました。

「先生、真ん中の線はいらないんじゃない?」。

理由を尋ねると

「だって勉強が分からなくても周りの人に教えてもらい、
分かるようになればそれが喜びになる。
意地悪をされても、その人の優しい面に触れれば喜びに変わるから」。

これまで二つの感情を分けて考えていたことは
果たしてよかったのだろうかと
自分自身の教育観を大きく揺さぶられた出来事でした。

子供たちのほうでも授業を通して、
それぞれに何かを感じてくれているようです。

「もし将来僕に障がいのある子が生まれたら、
 きょうの授業を思い出してしっかり育てていきます」

と言った子。

「町で障がいのある人に出会ったら
 自分にできることはないか考えてみたい」

と言う子。

「私の妹は実は障がい児学級に通っています。
 凄くわがままな妹で、喧嘩ばかりしていました。
 でもきょう家に帰ったら一緒に遊ぼうと思います」

と打ち明けてくれた子。
その日の晩、ご家族の方から学校へ電話がありました。

「“お母さん、なんでこの子を産んだの?”と
 私はいつも責められてばかりでした。でもきょう、
 “梓ちゃんの授業を聞いて気持ちが変わったけん、
 ちょっとは優しくできるかもしれんよ”と、
 あの子が言ってくれたんです……」。

涙ながらに話してくださるお母さんの声を聞きながら
私も思わず胸がいっぱいになりました。

授業の最後に、私は決まって次の自作の詩を朗読します。

「あなたの息子は

 あなたの娘は、

 あなたの子どもになりたくて生まれてきました。

 生意気な僕を

 しっかり叱ってくれるから

 無視した私を

 諭してくれるから

 泣いている僕を

 じっと待っていてくれるから

 怒っている私の話を

 最後まで聞いてくれるから

 失敗したって

 平気、平気と笑ってくれるから

 そして一緒に泣いてくれるから

 一緒に笑ってくれるから

 おかあさん

 ぼくのおかあさんになる準備をしてくれていたんだね

 私のおかあさんになることがきまっていたんだね

 だから、ぼくは、私は、

 あなたの子どもになりたくて生まれてきました。」

上の娘から夫との馴初めを尋ねられ、
お互いに学生時代、障がい児施設で
ボランティアをしていたからと答えたところ

「あぁ、お母さんはずっと梓のお母さんになる
 準備をしていたんだね」

と言ってくれたことがきっかけで生まれた詩でした。

昨年より私は特別支援学級の担任となりましたが、
梓を育ててくる中で得た多くの学びが、
いままさにここで生かされているように思います。

「お母さん、準備をしていたんだね」
という娘の言葉が、より深く私の心に響いてきます。

出典元:(致知 2013年2月号 是松いづみ(福岡市立百道浜小学校特別支援学級教諭))

q01435

AD googleアドセンス

関連記事

3本のビデオ

サキちゃんのママは 重い病気と闘っていたが、 死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。 そ

記事を読む

手紙を燃やしながら私は妻に誓った

妻が4年前に事故による不慮の死を遂げ、私と息子の二人だけの生活になった。 息子の世話や毎日の食

記事を読む

成人式の日

成人式の日、 それは美容室にとって、 大いに気合いが入る日。 その年の成人式も

記事を読む

【泣ける話】大好きだったよ

これ、反抗期の時の話しなんだけど、今でも忘れられない。 幼い頃からずっと片親で育ってきた私は、父親

記事を読む

誰かのために・・・

僕が看取った患者さんに、 スキルス胃がんに罹った女性の方がいました。 余命3か月と診断され、

記事を読む

普段俺のことをバカにしまくってるドーベルマンのロッキー

普段俺のことをバカにしまくってる ドーベルマンのロッキー しかし小学生のとき、ロッキーは

記事を読む

おいルパン。これから俺は誰を追い続ければいいんだ

初代ルパン三世役だった山田康雄が急逝した際、 葬儀で弔辞を読んだのは銭形警部役の納谷だった。

記事を読む

あなたは「ありがとう」の反対の言葉を答えられますか?

ありがとうの反対語など 今まで考えたこともなかった。 教えてもらった答えは・・・ 「あ

記事を読む

受け入れる心~感謝の心~

お釈迦様は、 この世の苦しみ・悲しみの根元は、 「思いどおりにならないこと」 と悟りました。

記事を読む

つかなくてもいい嘘で別れた初恋の人

私が初めて好きになった彼は優しくて、いつも私のワガママを聞いてくれていました。 ですがある日突

記事を読む

AD googleアドセンス

AD googleアドセンス

お母さんのハンバーグ弁当の味

俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由だった。 なので料理は基本的に父

「すぐツライと言うのは、ほんとはツラくないんだよ」その言葉忘れない。

大好きだったじぃちゃんが亡くなりました。 私は、小さい時からよく

【騙された花嫁】しかしその真実とは?

本当の親ではないパパと、騙されたその娘の結婚式。 騙された花嫁と

【実話】「他に男できたから別れよ!」…彼女に突如別れを告げられた俺に一本の電話が…(感動する話)【漫画動画】

「彼氏に心配かけたくなくて迷惑かけたくない」という気持ち と

嫌いな母親の顔の傷の秘密。もっとキレイなお母さんが良かったのに。

大嫌いな母親には大きな傷が。 それが母親を嫌いな原因。なんでそん

→もっと見る


PAGE TOP ↑